ローマ・カトリック法王危篤の報道に見る欧州の精神的機軸
ローマ・カトリック教会の法王(教皇)であるヨハネ・パウロ二世が、現在危篤の状態にある。この重大な事態に接して、まずは、心から祈りを捧げたい。
この重大な事態に関する報道を、現地ヨーロッパで見ていると、1988年から1989年にかけて、昭和天皇がご病気から崩御にいたった際の経過に、きわめて似ていることに気づく。
悲嘆に暮れて泣きじゃくる人々。病気の回復を一心に祈る人々。心配でたまらず、何も手に付かない人々。自粛するスポーツ競技。一動一静を毎日トップ報道するメディア。
これは、まさに昭和天皇のご病気から崩御にいたる経過に見られた、人々の行動と同じである。
実は、これは、決して偶然の一致ではない。このことを理解するために、大日本帝国憲法及び皇室典範が発布された1889年(明治22年)2月11日に、枢密院議長伊藤博文公が行った演説を繙いてみよう。これによれば:
「そもそも欧州においては憲法政治の萌せること千余年、独り人民のこの制度に習熟せるのみならず、又た宗教なるものありてこれが機軸をなし、深く人心に浸潤して人心これに帰一せり。しかるに我国に在ては宗教なるものその力微弱にして、一も国家の機軸たるべきものなし。仏教は一たび隆盛の勢を張り、上下の人心を繋ぎたるも、今日に至てはすでに衰替に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基きこれを祖述すといえども、宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室あるのみ。これをもってこの憲法草案においては専ら意をこの点に用い」
云々とある(仮名遣いを改め、漢字を部分的に平仮名にした)。
つまり、伊藤公がいわんとしているのは、「ヨーロッパにはキリスト教という精神的機軸があるのに、当時の日本の宗教は精神的機軸たり得ず、したがって、日本人は精神的機軸を有していなかった。したがって、皇室を日本人の精神的機軸としなければならない」ということである。
要するに、日本人にとっての皇室を、ヨーロッパ人にとってのローマ・カトリック法王庁として位置づけたいと考えたのである。
それからちょうど100年後の1989年、昭和天皇は崩御された。そして、そこで展開された日本人の行動は、まさに、現在法王が亡くなられようとしているときに、ヨーロッパ人がとっている行動とまったく同じものだったのである。
だとすれば、伊藤公の日本国改造プログラムは、計画通りに行ったということである。そもそも、徳川軍事政権の下で、人々は「日本人」というまとまりを与えられることがなかった。「士農工商」という身分的差別のもと、人は身分ごとにエートスを有すべきものされ、また、封建制の維持のために武士も農民も土地に縛り付けられていた。いわゆる「幕藩体制」である。
これは、徳川軍事政権が自らの政権基盤を固守するために、巧妙に仕組んだものである。なぜなら、国内で何か大きなまとまりができて、徳川に匹敵する勢力ができてしまっては困るからである。周知の通り、大名同士の婚姻すらも、幕府の許可なしには許されなかったのである。
この徳川の分裂政策にもかかわらず、ロシア・アメリカ・英国などの外敵が現れたときに、日本人は分裂しなかった。これは、歴史上稀な出来事である。そして、その精神的支柱となったのが、尊皇攘夷思想であったのである。そして、伊藤公は、まさにこの実体験をもとに、「我国に在て機軸とすべきは独り皇室あるのみ」と喝破したのであった。
伊藤公が『大日本帝国憲法義解』で説いている通り、徳川軍事政権は、士・農・工・商・えた・ひにんという人権無視の身分的差別を行い、人々から職業選択の自由・営業の自由・居住移転の自由・婚姻の自由を奪うなど、まさにけしからん人権蹂躙の甚だしい政治を行った。
王政復古・明治維新によって、これらの非人道政策はようやく撤廃され、そして、人民の自由が、大日本帝国憲法により、確定的に国民に与えられたのである。そして、日本国の永遠の繁栄を願って、伊藤公は、ローマ・カトリック法王に匹敵する精神的機軸を、日本の皇室に求めたのであった。
途中、軍部等により、伊藤公の確立した立憲政治を無にするような憲法解釈が行われ、そのために日本は敗戦という重大な報いを受けることとなることもあったが、それを除けば、伊藤公の繁栄プログラムは成就したと見てよい。そして、現代を担うわれわれは、それをますます確固たるものにしていかなければならないのである。
つまり、人々の人権保障をますます確固たるものにし、議会政治をますます発展させていかなければならない。また、ひとり自国の繁栄のみならず、世界全体の繁栄を目指さねばならない。そのために、近隣諸国にも、人民に対する人権蹂躙を撤廃するよう、堂々と働きかけていかなければならない。
欧州の精神的機軸であるローマ法王の悲しい出来ごとに接して、ますます決意を新たにする次第である。







