2006年04月30日

〔インタヴュー〕松下浩二さん(卓球選手・(株)チームマツシタ代表取締役社長)

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プレイする松下選手(写真提供:卓球王国)

――話しはかわりますが、日本を離れて、外国で学んだことは何でしょうか?

松下選手 いろいろとありますが、やはり「プロフェッショナルとしての考え」というものを学びましたね。

――具体的には?

松下選手 お金をもらって、ここデュッセルドルフのクラブの選手として試合に出るんですが、やはり勝つことを要求されますし、勝たないことにはクラブは評価をしてくれません。すごく厳しい世界ですよね。つまり、勝つことが全てなんですよ。

――そんな松下選手を応援する日本人の応援団が、(数多くの日本人が住む)ここデュッセルドルフにあったと聞いています。外国の地で母国語で応援を受けたときのご感想は?

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© 2006 Oushu Keizai Shimbun GmbH.
松下選手らの活躍を伝えるドイツの新聞記事。

松下選手 心強かったですね。ドイツに来た当時は、応援団なんてなかったのですが、徐々に、僕がここでやっているということを知ってくれて、応援してくれる人が自然に増えていきました。特に、『ドイツニュースダイジェスト』〔編集部註:現地の日本語フリーペーパー〕の方が中心なってくれて、知っている人に声をかけて、僕がやっている試合などに応援に来てくれるようになりました。その時には、応援団の方が幟(のぼり)や法被(はっぴ)を作って一致団結して、応援してくれましたね。

――日本代表の合宿のために、再びドイツに戻っていらっしゃいました。久し振りのドイツはいかがでしょうか?

松下選手 そうですね、あまり違和感がありませんね。ヨーロッパに来たという感じがしないです。2年間だけいたところですが、なんと言いましょうか、よその家に来ているというか、そんな感じがしないんですよね。

――ドイツでの生活は、どのようなものだったのでしょうか?

松下選手 ほとんど練習ばかりでした。「練習、休憩、練習、休憩、そして練習」の繰り返しでした。月曜日から金曜日まで練習して、土日は試合に備える――そんな生活でしたね。けれども、せっかくドイツに来ているんだからと思い、ドイツの文化になるべく触れるようにしていましたね。

――練習以外の時間のすごし方は?

松下選手 やはり練習で疲れていたので、家にいることが多かったですね。

でも、時間があって、天気がいい日などは、5時間かけてパリなどに車でいったりもしていました。一人で行くことが多かったですね。

あとは、クラブの仲のよい選手が、たまにホームパーティーに呼んでくれたので、そこにも行っていましたね。

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