2006年09月09日

秋篠宮家の親王殿下のご誕生をお祝いして――日本政府へのアドヴァイス

秋篠宮家に、新しい親王殿下がお生まれになりました。まずは、心より「おめでとうございます」と申し上げます。

ドイツに暮らしておりますと、皇室の慶事があるたびに、ドイツの人からよく話を聞かれます。知日家の人に、「おめでとう」と挨拶されることもあります。今ではもう慣れてしまいましたが、渡独した当初は、日本の皇室に対する注目度が予想以上に高いことに、新鮮な驚きを感じたものです。

その理由に関してきちんと調査したことはありませんが、若干私見を述べてみると、まず第一に、一般に、ヨーロッパのインテリ層は他文化に対して寄せる関心がたいへんに高いということが挙げられます。例えば、新聞などでも、クオリティペーパーでは、日本の皇室の話題は割と好んで取り上げられます。

次に、ヨーロッパ人は、概して伝統をとても大切にする人々であるということが挙げられるかもしれません。一つの家系で125代も継続している日本の皇統というのは、価値判断抜きに単純な事実として驚異であり、世界中を探してもこれに匹敵する王朝は存在しないと思います。そして、これに「古いものほど良いもの」という価値判断が加わると、「たいへん良いもの」という評価になります。ヨーロッパ人自身も自分たちの王朝を大切にし、実際、ヨーロッパには世界の他のどこよりも多くの君主国が存在するわけですが、それらの王朝よりもはるかに長い王朝が遥かかなたの極東にあるということは、ポジティヴな驚嘆の念を生むのかもしれません。

いずれにせよ、日本人自身はあまり気づいていないかもしれませんが、実際のところ、日本という国は伝統をたいへん大切にする国であるということです。そして、そのことに鑑みれば、日本の国の政治というのは、その事実をよくふまえて行わなければならないということがいえます。

実は、昔の人はそのことがよく分かっていました。例えば、明治維新による近代化は、王政を「復古」し、幕府が統治権を天皇に「奉還」する――つまり、正統な伝統に「帰る」という形でなされたために、うまくいったのです。つまり、伝統を大切にするエートスの国民に対して新しいことを行いたいときには、表向きは「古いものに帰るのだ」とデモンストレーションをしながら新しいことをやると、大概抵抗を受けずにうまくことを運ぶことができるのです。

このやり方は、以後ずっと用いられました。ヨーロッパ式の近代憲法である大日本帝国憲法が制定されたときにも、名目上は「皇祖皇宗の遺訓を明徴にする」という形式をとり、あたかもそうであるかのようなデモンストレーションが行われましたし、敗戦によりアメリカ主導の改革を行わなければならなくなった際にも、当時の幣原首相は

「新日本の政府は、国民の総意を尊重する民主主義的な形態を取る。(中略)。わが国においては古来、天皇は国民の意思をそのみ心としてこられた。これが明治天皇の御精神であって、私がここに言うところの民主的政治は、まさしくこの精神の顕現と考えることができる。」(ベネディクト『菊と刀』351頁より重引)

と演説し、あたかも「古い伝統に帰るのである」かのようなデモンストレーションをしたわけです。

思うに、近時の皇室典範改正論議は、このやり方をまったく無視してしまったために、うまくいかなかったのだと思います。もしこのまま皇室典範を改正しなければ、天皇陛下の孫の代には、皇族の人数は、今回親王殿下がお生まれになったことを考慮しても1名だけになってしまうわけですから(現在の法律では女性は宮家を継承できない)、理論的にいって、いずれ皇室典範に新しいルールを盛り込まなければならないことは火を見るより明らかであるわけです。

それでは何が問題だったかと言うと、まずかったのは政府の提示の仕方です。「新しいルールを盛り込むことが必要だ」と言って皇室典範の改正作業をはじめてしまったために、「男系男子維持=伝統」対「女帝・女系認容=反伝統」のような対立図式ができてしまいました。このために、皇族や旧皇族まで巻き込んだ大論争に発展してしまい、改正の難航が予想されるようになったため、政府は、今回親王殿下がご誕生になったことを「渡りに船」とばかりに、改正案の提出を棚上げにしてしまいました。

しかし、政府がもしこの問題について「伝統に帰る」という形で提示していたら、事態は大分違っていたのではないかと思います。

そもそも、皇室の祖先神は太陽神であるアマテラスオオミカミという神様であり、現在伊勢神宮に祀られているこの神様は、女神とされているのです。したがって、そもそも皇室そのものが「女系」であるということができるわけですから、「アマテラスオオミカミの伝統に帰るのだ」と言って、政府が女系論や女帝論を提起していれば、まったく展開は違ったものになったのではないかと思われます。

つまり、「女帝・女系認容=伝統」対「男系男子維持=伝統」ということになりますので、「伝統」という観点はそもそも対立軸とはなり得なくなります。少なくとも、どちらがより伝統に根ざしているかは、容易には決められなくなります(男系を強調し過ぎると、スサノオノミコトの子孫が皇統となるべきだったという話になり、現在の皇室を否定しかねない)。ですから、もっとスムーズに改正作業を進めることができたのではないかと思われます。

郵政民営化のような、たかだか100年程度の伝統しかないような問題については、「郵政民営化=改革=善」対「郵政民営化反対=守旧=悪」というような対立軸をつくり、「劇場」仕立てにして派手にやるのがうまくいくのかもしれませんが、皇位継承の問題のように、2600年以上(日本書紀による)の伝統を有する問題については、アプローチを変える必要があったものと思われます。それを、郵政民営化と同じやり方でやろうとしたのですから、無理が生じて当然です。

もし対立軸を立てるにしても、少なくとも、「男系男子というルールは、現実には伊藤公らがドイツなどの立法を斟酌しつつ打ち立てたものであり、実際のところフランク族のサリカ法典に遡るべきものであって、本当は日本の皇室の伝統に遡るものではない」くらいの論の立て方はすべきだったでしょう。そうすれば、今とは逆に、「女帝・女系認容=伝統」対「男系男子維持=反伝統」という対立軸を形成することができたわけですから。

いずれにせよ、政府は、対象となる問題の性質によって、アプローチを変える必要があったということです。次の改正論議の時期は、おそらく、三笠宮家の2女王と高円宮家の3女王が全員ご結婚された後で、かつ、秋篠宮眞子内親王が結婚される前、というタイミングで行われるのではないかと思われますが(もっとも、高円宮絢子女王と眞子内親王は1歳余りしか年が離れていないので、かなり微妙ではある)、いずれにせよ、そのときには政府はもっとうまくやって欲しいものです。

(了)