〔社説〕参院選総括:グローバル化と新自由主義
今回の参議院選挙は、年金問題(と政治資金の問題)が争点となった選挙であった。したがって、この問題についての国民の審判は出たものと考えてよい。政府・与党は、これらの問題については国民の意思を尊重するのが当然だろう。
もっとも、管見した限りでは、年金問題といっても、社会保険庁の失策にどういう絆創膏を貼っていくかという問題ばかりが焦点となり、「年金制度をどう壊していくか」という肝心の問題についてはほとんど議論とならなかったようである。
いうまでもなく、過去の世代が積み重ねてきた浪費・散財の結果について、たまたま少子高齢化社会に生まれた若い世代に皺寄せが来てはならないことは当然である。したがって、人口増加と高度成長を前提に構築された現在の年金制度は、何らかの形で「壊していく」必要があるわけである。しかしながら、今回の選挙においてそこの議論がまったくなかったのは、たいへん残念なことである。
ドイツの2005年の選挙においては、「いかに個人の税負担を増やすか」という問題と「いかに社会保障制度を壊していくか」という問題の二つが組み合わさって選挙の中心論点を形成していたわけだが、今回の日本の参議院選挙では、こういう核心的な問題は、まったく中心論点を形成していなかった。これは、たいへん残念なことである。
つまり、このグローバル化の世の中においては、各国とも新自由主義の政策をとる以外に政策の選択肢はないのだから(そうしないと国自体が競争力を失って没落する)、個人に対する増税と社会保障の削減は避けられないのであり、これを正直に訴えなかったという意味では、与党も野党も同罪である。
ちなみに、ここでいう「グローバル化」とか「新自由主義」といった言葉は、次のような意味で使用している。まず、「グローバル化」というのは、企業が世界全体との競争に曝されるということである。グローバル化の中で自国の企業が生き残るために、国は、法人税やら社会保障費やら労働者保護やら煩雑な行政手続といった負担からなるべく企業を解放してやり、それによって基礎体力をつけさせるとともに(もちろん、国内から企業が逃げてしまわないようにするという意味もある)、民営化や規制緩和によって競争を促進することにより、企業自体をシェープアップさせる、という政策を採用する必要がある。これが、新自由主義の政策である。
その場合、企業の負担を軽減し、なおかつ国が財源を確保するためには、個人に対する課税を強化する(所得税や消費税(EUでは付加価値税)を上げる)とともに、社会保障を削る以外に選択肢はないわけである。なお、消費税(付加価値税)というのは、最終的な税負担はすべて消費者に転嫁されるため、原則として企業に実質的な税負担は及ばない税制である。
いずれにせよ、今回の選挙においては、「いかに個人の税負担を増やしていくか」、「いかに年金制度を壊していくか」という新自由主義政策の核心的論点については、国民の審判が仰がれなかったものと解される。しかしながら、本来ならば、これらの「痛みを伴う」改革については国民の審判を仰ぐべきものである(少なくともドイツとの比較においてはそう感ずる)。この点、「郵政民営化」について国民の審判をきちんと仰いだ小泉前首相は立派であった。
それに較べて、ハガキの送り方やら何やらといった枝葉末節ばかりをだらだらと議論していた今回の与野党には、そもそもアジェンダ・セッティングの時点で根本的に問題があったといえる。間接民主制を採用するわが国において、国民の審判を仰ぐことのできる唯一の機会は選挙なのだから、それを枝葉末節の論点で消尽してしまった与野党の責任は大きい。この不適切なアジェンダ・セッティングに便乗してしまったメディアも同罪だろう。
アジェンダ・セッティングの不適切事例は、ドイツの2002年選挙においても見られる。この選挙では、SPDと緑の党が政権を維持するため、なりふり構わず「イラク戦争反対」を叫び続けたことから、これが選挙の中心論点となってしまった。
かくして新自由主義政策に関する国民の審判を仰がないまま、第二次シュレーダー政権が誕生したわけだが、わずかその半年後にシュレーダー政権は「アジェンダ2010」という新自由主義政策を公表した。それが大量の脱党者や支持者の離反を生むことになり、ひいては政権運営が不可能となるまでの打撃となったのである(ドイツでは州選挙で負けるごとに連邦参議院の票が減っていくので、じりじりと政権運営が困難になっていく)。
この苦い経験に懲りて、2005年の選挙では各党とも増税と社会保障改革という根本問題を正面に据えて国民の審判を仰いだ。このため、その後の連立政権が新自由主義政策を展開しても、国民の反発や抵抗はほとんど起こらなかったのである。これは、アジェンダ・セッティングの正解例である。
このことから分かるように、選挙時のアジェンダ・セッティングは、その後の政権運営に絶大な影響を与えるものであり、よほど慎重にやらなければならないものである。
とくに、新自由主義政策というのは、「格差社会」を生むなどといわれて、ただでさえ評判が良くないのだから、郵政解散のときのように、きちんと国民の合意を取り付けておく必要性はきわめて高いのである。
ちなみに、「格差社会」が自民・公明連立与党の専売特許であるかのようにいわれることもあるが、それは違うだろう。たとえ民主党が政権をとっても、海の向こうからEUやアメリカは新自由主義でガンガン攻めて来るし、隣国の「世界の工場」中国からは世界一安い製品が世界に向けてバンバン輸出されるのだから、とても新自由主義はやりませんなどとは言っていられる余裕はない(もしそんなことをしたら日本は沈む)。実際、ドイツにおいても、「社会民主党」を名乗る政党(SPD)がガンガン新自由主義政策を推進しており、看板の掛け違いかと見まがうほどである。
どうも、日本は少し景気が良くなって気が緩んでいるのではないかとも思えるが、弱肉強食のグローバル化の世の中において油断は禁物である。本紙を読んでいれば分かるように、こうしている間にも、EUは「リスボン戦略」にのっとって、世界最大の共同市場に関する規制緩和・民営化・競争促進の政策を次々に打ち出しているのである。
