2008年06月17日

〔社説〕アイルランドにおけるリスボン条約批准否決について

「2008年6月12日に行われたアイルランドの国民投票によりリスボン条約の批准が否決された」ことが世間を賑わせているので、本紙でも若干の意見を述べておくことにする。

結論からいうと、欧州統合にとって大した事件ではない。そもそも、ニースからポストニースという流れは、「EUの東方拡大によりEUの機構が機能不全に陥ることが懸念されるため、それに対処するために機構改革を実施する必要がある」という考慮から生まれた改革の流れであった。

ところが、実際にEUが27か国に拡大した現在でも、EUの機構が機能不全に陥っているという印象はない。本紙を講読されている方ならお分かりの通り、リスボン戦略の影響もあって、立法手続のスピードはかつてよりもむしろ迅速化されている印象がある。内容的にもかなりの包括性を有する重要法案がバンバン通っており、欧州会社の創設に何十年も要した頃とはまったく別の様相を呈している。

したがって、「そもそもポストニースの改革は本当に必要であったのか」という根本的な点に疑問を呈さざるを得ない。実際には、リスボン条約など発効しなくとも、EUの機構は現状通り円滑に機能していくものと思われる。したがって、今回のリスボン条約の批准否決も、関税同盟と域内市場の完成と深化というEUの目的からすれば、かなりどうでもいい事件であると考える。

なお、付言しておくと、議長国や外交についてのEUの制度がかなり「変わっている」ことは確かであろうが、いずれもそれなりに機能していると思われるし、議長制度に関しては半年輪番のほうが半年ごとに新たな刺戟が与えられてむしろ優れているようにも思われる。「EU」と「欧州共同体」を書き分けなければならないのは確かに面倒であるが、慣れてしまえばどうということもないことであるし、これが「EU」に一本化されても概念の整理以上の実益は大して生じない。基本権憲章への法的効力の付与についても、現に欧州司法裁判所の判例により人権保障が確立している以上、象徴的な意味合いのほうが強い。

ところで、大方のメディアの報道では「アイルランドの国民投票によりリスボン条約の批准が否決された」といわれているが、これはやや正確さを欠く。正確にいうと、「リスボン条約の批准のためにはアイルランド憲法の改正が必要であり、この憲法改正のために国民投票が行われたが、この国民投票が否決された」ということである。

なぜ憲法改正が必要だったかというと、1986年の単一欧州議定書(域内市場の実現を主眼とした改正条約)の批准の際に、アイルランド最高裁判所が以下のような判示を行ったためである(クロッティ対首相(ティーシャク)事件判決6段落目):

"It is the opinion of the Court that the first sentence in Article 29, s. 4, sub-s. 3 of the Constitution must be construed as an authorisation given to the State not only to join the Communities as they stood in 1973, but also to join in amendments of the Treaties so long as such amendments do not alter the essential scope or objectives of the Communities. To hold that the first sentence of Article 29, s. 4, sub-s. 3 does not authorise any form of amendment to the Treaties after 1973 without a further amendment of the Constitution would be too narrow a construction; to construe it as an open-ended authority to agree, without further amendment of the Constitution, to any amendment of the Treaties would be too broad."

要するに、「欧州諸共同体の本質的な範囲および目的」に変更が加えられる場合には憲法改正が必要で、そうでない場合には憲法改正が必要ないということである。このため、「欧州諸共同体の本質的な範囲および目的」に変更が加えられる条約改正にあたっては、つねに憲法改正のための国民投票が行われることになる。なぜなら、アイルランド憲法46条2項は、以下の通り、すべての憲法改正には国民投票が必要であると規定しているからである。

Every proposal for an amendment of this Constitution shall be initiated in Dáil Éireann as a Bill, and shall upon having been passed or deemed to have been passed by both Houses of the Oireachtas, be submitted by Referendum to the decision of the people in accordance with the law for the time being in force relating to the Referendum.

註)「ウラクタス」(Oireachtas)とはアイルランドの議会のことで、「ドール・エレン」(Dáil Éireann)と「シャナード・エレン」(Seanad Éireann)の二院により構成される。

しかし、果たしてこのアイルランドの憲法制度が妥当なのかどうかという点には根本的な疑問がある。

第一に、アイルランドの憲法改正制度は、すべての憲法改正に国民投票を要求する点で我が国の憲法改正制度ときわめてよく似ているわけだが、そうだとすると、最高裁判所が毎回の条約改正に憲法改正を要求したのは、ハードルの上げ過ぎであったと思われる。ドイツのように連邦議会と連邦参議院の議決のみで憲法改正ができる国であればともかく、憲法改正に議会手続のみならず国民投票まで要求する国では、日本国憲法のように各規定の射程に相当の幅を持たせて、余り頻繁に国民投票が必要ないように制度設計すべきであろう。この点で、アイルランド最高裁判所の解釈はやや狭すぎて、制度設計の面でバランスを欠いているといえる。

第二に、その後何度もアイルランドは憲法29条の改正を行っているわけだが、なぜ将来の条約改正をすべてカバーできるような条文に改正しないのかが不可解である。今回の改正案はこちらであるが、このような条文では、次回以降の改正の際にも再び国民投票を行わなければならなくなる。もう少し文言を一般的・抽象的にして、その後の改正がスムーズに行えるようにしようという智慧(というか立法技術)はアイルランドにはないのであろうか。上述の判例も、文言がかくも具体的だからこういう解釈になるという側面があるわけで、そもそも憲法改正により条文をもっと抽象的にすることによって、上述の判例をひっくり返せばよかっただけの話ではないだろうか。

いずれにせよ、今回のリスボン条約の批准で国民投票が法的に要求されたのが(EU27か国中)アイルランド一国のみであったという点が、この憲法制度のおかしさを物語っているといえる。したがって、アイルランドは、憲法制度の見直しを行ったほうがよい。