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<title>欧州経済新聞Online　社説・特集</title>
<link>http://editorial.oushu.net/</link>
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<language>ja</language> 
<copyright>Copyright 2008</copyright>
<lastBuildDate>Sat, 05 Jan 2008 01:05:16 +0100</lastBuildDate>
<docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

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<title>新年のご挨拶</title>
<description><![CDATA[<p>新年明けましておめでとうございます。本年も欧州経済新聞社をよろしくお願いいたします。</p>

<p>2008年は、景気後退とインフレの結合により、EU経済にとっては多難な年になりそうです。このようなときこそ、EU法令の動向をしっかりとチェックし、長期的な視点からビジネスを展開しましょう。ぜひ本紙をこまめにチェックして、5年後、10年後を見据えた経営戦略を構築し、欧州ビジネスを成功させてください。</p>

<p>2008年が、皆さまにとって素晴らしい年となることを心よりお祈りいたします。</p>

<div style="text-align: right;">欧州経済新聞社mbH</div>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200801058254.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Sat, 05 Jan 2008 01:05:16 +0100</pubDate>
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<title>天皇誕生日をお祝いして</title>
<description><![CDATA[<p>天皇陛下は74歳のお誕生日を迎えられました。陛下のご長寿を心よりお祝い申し上げます。</p>

<p>わが国は、明治維新・王政復古により長かった徳川軍事独裁政権の歴史を終了し、大日本帝国憲法の制定により立憲君主国としての道を歩み始めました。その後のわが国の発展はめざましく、一度大きな敗戦があったものの、基本的には絶えざる右肩上がりの発展の歴史を歩み続けました。現在、日本国は、経済的にも文化的にも最も豊かな国の一つとして、世界中の尊敬と信頼を得ています。このことは、日本人としてたいへん誇りとしてよいことです。</p>

<p>わが国が欧米列強の脅威にさらされていた明治期に、大日本帝国憲法の起草者である伊藤博文公の慧眼は、欧米の文化の精神的機軸はキリスト教にあることを夙に見抜いていました。伊藤公はまた、わが国にはそれに匹敵する精神的機軸が存在しないことも見抜き、それに匹敵する精神的支柱として皇室を位置づけ、ややもすれば迷走し兼ねなかった日本国民を精神的にまとめ上げることに成功しました（詳細は<a href="http://editorial.oushu.net/articles/20050402105.php">この社説</a>を参照）。</p>

<p>その結果、日本国と日本人は、独自の精神的機軸を基盤として安定した社会を構築するとともに、自尊心と誇りを保ちつつ大きな経済的・文化的発展を成し遂げることができました。けだし、これこそが、日本国憲法1条が天皇陛下を「日本国及び日本国民統合の象徴」と位置づけていることの意味でしょう。このような意味で、わが国の立憲君主制が、国歌のいうように「千代に八千代に細石の巌となりて苔の生すまで」末永く続くことを願わずにはいられません。</p>

<p>陛下のますますのご健康とご長寿をお祈りいたします。</p>

<div style="text-align: right;">欧州経済新聞社</div>

<p>※クリスマス期間中、欧州は祝日となりますのでご注意ください。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200712238248.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Sun, 23 Dec 2007 05:57:19 +0100</pubDate>
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<title>リスボン条約の調印を祝う</title>
<description><![CDATA[<p>リスボン条約が調印されました。このことは、欧州統合を専門とする弊紙にとってたいへん喜ばしいことであり、心からの祝意を表したいと思います。拡大による機能不全を防ぐため、機構改革の必要性がEUの重要問題の一つになってからかなりの時間が経過してしまいましたが、リスボン条約の調印により、この問題に一応のけりがついたことは素晴らしいことです。</p>

<p>もっとも、EUの機構改革というのは、関税同盟と域内市場の実現というEUの目的を達成する手段に過ぎません。かつて欧州憲法条約がフランス・オランダの国民投票で否決されたときには、メディア等にも、これを過大評価して必要以上に悲観的になる論調が見られました。しかし、機構改革はEUの目的の一手段に過ぎない以上、欧州統合の進捗度を測る真のバロメータは、機構改革の成否ではなく、域内市場の深化の度合いであるというのが、欧州経済新聞の認識です。</p>

<p>したがって、今回のリスボン条約の調印についても、これを過大評価することなく、冷静に受け止めつつも、機構改革という一つの大きな問題が片付いたことにより、ようやく欧州連合が域内市場の実現という本来の目的に本腰を入れられる態勢が整うことを、素直に喜びたいと思います。</p>

<p>ところで、わが国では立法機関が完全に機能不全に陥っているようですが、大丈夫でしょうか。本紙をご覧の皆さまは、EUが連日新法令をどんどん成立させていることを目の当たりにされているわけですが、リスボン条約の施行によってそのスピードはさらに速まっていくことでしょう。</p>

<p>世界の国々が凌ぎを削って競争力強化に努めている以上、現在、新法制定や法令改正の必要性は過去のどの時代よりも高まっています。遅くとも、リスボン条約が施行される2009年の元旦くらいまでには、日本も何らかの方法で立法機関の機能不全を取り除いておかないと、グローバル経済の中で太刀打ちできなくなっていくのではないでしょうか。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200712148217.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Fri, 14 Dec 2007 01:17:25 +0100</pubDate>
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<title>夏期休業代休のお知らせ</title>
<description><![CDATA[<p>2007年10月8日（月）より10月16日（火）は夏期休業代休のためお休みとなります。期間中は弊社のすべてのサービスがお休みとなりますのでご注意ください。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200710058076.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Fri, 05 Oct 2007 21:24:58 +0100</pubDate>
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<title>〔社説〕公的年金制度の理想的将来像――「国民皆年金」は廃止せよ（4/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>以上のような、経済学的・歴史的認識に基づくと、具体的にはまず何をすべきだろうか。まずは年金加入義務を緩和して「国民皆年金」を廃止することこそが重要であろう。これを論じずして、社会保険庁の過誤・不正や財源について議論しても、余り本質的な解決には至らないものと思われる。</p>

<p>つまり、現在与野党がともに志向している、年金に対する信頼を回復させたり、財源を確保したりといった方向性は、単なる公的年金制度の延命措置に過ぎないから、方向として本来とるべき方向とは真逆のものである。そうではなく、今回年金に対する信頼が完膚なきまでに失墜したことをむしろ機縁として、公的年金制度自体を縮小していくのが筋であろう。そうしないと、根本的な解決にはならない。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200709097959.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Sun, 09 Sep 2007 22:04:31 +0100</pubDate>
</item>
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<title>〔社説〕公的年金制度の理想的将来像――「国民皆年金」は廃止せよ（3/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>ここに、公的年金の存在理由がある。大量生産・大量消費の工業社会において、生産手段を失った老齢者が食いはぐれないようにするため、強制的に掛金を積み立てさせてそれを老後の生活のために支給する、という仕組みをつくった。これが、公的年金の制度である。</p>

<p>ところで、このような観点からすれば、そもそも資本家や自営業者といった人々は、工業社会においても自ら生産手段を有しているわけだから、年金など必要がないはずである。ここに、「国民皆年金」という制度のおかしさがある。つまり、このような人々まで年金に強制的に加入させられ、保険料が徴収されるというのはおかしいということである。実際、ドイツでは、この種の人々には概ね公的年金に加入する義務がない（もし必要ならば民間の年金に加入すればよい）。</p>

<p>さらに、時代は、情報処理技術の著しい発達を背景として、工業社会から知識社会へと移行しつつある。このため、現在では、人々が、かつてほど大きな資本を必要とすることなく、生産活動・商業活動を営めるようになった。日本では、2005年に会社法が改正されて最低資本金制度が撤廃されたが、これは旧来の工業社会の会社法を、知識社会の到来に適合させたということである。したがって、今後、生産手段を自ら所有する人々の数はますます増えていくだろう。このような流れは、国際的な潮流でもあり、今後とも、世界的に人と生産手段の再結合の流れは加速していくはずである。</p>

<p>このような流れに鑑みれば、そもそも、公的年金というものの存在理由もどんどん限定されたものとなっていくわけである。したがって、公的年金という制度は、今後基本的に縮小に向かっていく、というのが世界の歴史の流れによる宿命なのである。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200709097958.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Sun, 09 Sep 2007 22:03:48 +0100</pubDate>
</item>
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<title>〔社説〕公的年金制度の理想的将来像――「国民皆年金」は廃止せよ（2/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>ところが、年金という財は、その効用が特定の人に帰属するから、公共財ではない。したがって、基本的に市場メカニズムに委ねてもよい種類のものである。したがって、公的年金という制度自体、経済学的に正当化することができないものである。郵便や通信などと同じく、社会保険庁を国の機関から切り離すことができるのはこのためである。つまり、経済的には、必ずしも国が提供しなければならないサービスというわけではない。</p>

<p>それでは、なぜ公的年金というものは存在するのか。これについては、歴史的観点から一応の説明をつけることができる。</p>

<p>すなわち、中世においては、身分的封建制の下、人と生産手段が結合した形で経済活動が営まれていた。そもそも、身分的封建制というのは、農家と農地を結合させて固定し、生産活動を行わせる制度である。この制度の下では、農家は、農地という生産手段を離れることができない代わりに、この生産手段を失うこともない。つまり、食いはぐれることはない。また、工業についても、当時は家内工業のレベルだったので、職人の家は、工具・技術といった生産手段を自ら保有していた。したがって、食いはぐれることはなかった。</p>

<p>ところが、産業革命が起こると、大量生産・大量消費の世の中になり、生産効率性を上げるため、人と生産手段の分離が進んだ。すなわち、炭鉱や工場といった生産手段を自ら所有する資本家と、このような生産手段をまったく所有しない労働者の二種類に分かれた。労働者というのは、要するに無産階級であるから、老齢になって生産性が下がり、炭鉱や工場から解雇されてしまえば、生産手段を完全に失ってしまうわけである。生産手段を完全に失うということは、食いはぐれるということである。<br />
</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200709097957.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Sun, 09 Sep 2007 22:02:53 +0100</pubDate>
</item>
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<title>〔社説〕公的年金制度の理想的将来像――「国民皆年金」は廃止せよ（1/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>日本では、参議院選挙以来、公的年金制度が注目の的になっている。この問題が議論されること自体はよいことだが、どうも着眼点がおかしいように思われる。すなわち、現在話題となっているような、社会保険庁の過誤や不正にいかに対処すべきかとか、逼迫した財政状況に対処するための財源をどこに求めるかといった問題は、要するに対症療法的な問題であり、したがって本質的な問題ではない。むしろ、まずもって議論しなければならないのは、公的年金制度の将来像をどうすべきかという問題であろう。今回は、この観点から公的年金という制度について考察を加えてみたい。</p>

<p>そもそも公的年金というのは、経済学的に正当化されえない制度である。すなわち、ある財の効用が特定の人の私有に帰するのではなく、広く薄く公共に及ぶという場合（国防・外交・警察・教育・公衆衛生など）に、その財を公共財というが、この公共財については、他人の購入する公共財の効用にただ乗り（フリーライド）して済ませばよいということになるから（いわゆる外部不経済）、合理的経済人（ホモ・エコノミクス）であれば、そのような財を積極的に購入する決断を行うことはない。したがって、市場メカニズムに任せると、誰も買い手がつかず、商売として成り立たないので誰も供給しないということになる。しかし、国防・外交・警察・教育・公衆衛生などというのは、皆にとって重要なインフラであり、そもそも経済というものが成り立つ前提であるから、これが供給されないと困る。そこで国家というものの出番となる。</p>

<p>「国家がなぜ必要か？」という議論にはホッブズ以来の伝統があるが、要するに国防・外交・警察・教育・公衆衛生といった公共財を国民に広く提供して経済のインフラを整備するとともに、その資金として税金を国民から強制的に徴収する、というところにその本質がある。防衛省・外務省・警察庁・文部科学省・厚生労働省・財務省といった役所が国の機関となっているのは、そういうわけである。<br />
</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200709097956.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Sun, 09 Sep 2007 22:01:06 +0100</pubDate>
</item>
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<title>日本国の債務残高に思う</title>
<description><![CDATA[<p>本日は<a href="http://www.oushu.net/articles/200708297893.php">連合王国の債務残高のニュース</a>があったので、参考までに<a href="http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/007.htm">債務残高の国際比較</a>を見ていただくと、日本の債務残高は群を抜いて多いことが分かる。</p>

<p>以前<a href="http://editorial.oushu.net/articles/200707307710.php">社説</a>にも書いた通り、「年金制度を維持します」などというのはポピュリストの主張であり、こういう主張を与野党とも参院選の際にしていたことはたいへん残念である。年金制度など晩かれ早かれ壊すべきものであって、少なくとも「国民皆年金」などという愚かな制度は早く崩壊させたほうがよい。経過的に受領額の少ない層が出てくるとしても、それを受忍して若年層から段階的に年金加入義務を緩和していくのが筋であろう。それが国家百年の計というものである。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200708297894.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Wed, 29 Aug 2007 04:47:19 +0100</pubDate>
</item>
<item>
<title>〔社説〕参院選総括：グローバル化と新自由主義（4/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>ちなみに、「格差社会」が自民・公明連立与党の専売特許であるかのようにいわれることもあるが、それは違うだろう。たとえ民主党が政権をとっても、海の向こうからEUやアメリカは新自由主義でガンガン攻めて来るし、隣国の「世界の工場」中国からは世界一安い製品が世界に向けてバンバン輸出されるのだから、とても新自由主義はやりませんなどとは言っていられる余裕はない（もしそんなことをしたら日本は沈む）。実際、ドイツにおいても、「社会民主党」を名乗る政党（SPD）がガンガン新自由主義政策を推進しており、看板の掛け違いかと見まがうほどである。</p>

<p>どうも、日本は少し景気が良くなって気が緩んでいるのではないかとも思えるが、弱肉強食のグローバル化の世の中において油断は禁物である。本紙を読んでいれば分かるように、こうしている間にも、EUは「リスボン戦略」にのっとって、世界最大の共同市場に関する規制緩和・民営化・競争促進の政策を次々に打ち出しているのである。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200707307713.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Mon, 30 Jul 2007 22:00:27 +0100</pubDate>
</item>
<item>
<title>〔社説〕参院選総括：グローバル化と新自由主義（3/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>アジェンダ・セッティングの不適切事例は、ドイツの2002年選挙においても見られる。この選挙では、SPDと緑の党が政権を維持するため、なりふり構わず「イラク戦争反対」を叫び続けたことから、これが選挙の中心論点となってしまった。</p>

<p>かくして新自由主義政策に関する国民の審判を仰がないまま、第二次シュレーダー政権が誕生したわけだが、わずかその半年後にシュレーダー政権は「アジェンダ2010」という新自由主義政策を公表した。それが大量の脱党者や支持者の離反を生むことになり、ひいては政権運営が不可能となるまでの打撃となったのである（ドイツでは州選挙で負けるごとに連邦参議院の票が減っていくので、じりじりと政権運営が困難になっていく）。</p>

<p>この苦い経験に懲りて、2005年の選挙では各党とも増税と社会保障改革という根本問題を正面に据えて国民の審判を仰いだ。このため、その後の連立政権が新自由主義政策を展開しても、国民の反発や抵抗はほとんど起こらなかったのである。これは、アジェンダ・セッティングの正解例である。</p>

<p>このことから分かるように、選挙時のアジェンダ・セッティングは、その後の政権運営に絶大な影響を与えるものであり、よほど慎重にやらなければならないものである。</p>

<p>とくに、新自由主義政策というのは、「格差社会」を生むなどといわれて、ただでさえ評判が良くないのだから、郵政解散のときのように、きちんと国民の合意を取り付けておく必要性はきわめて高いのである。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200707307712.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Mon, 30 Jul 2007 21:53:09 +0100</pubDate>
</item>
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<title>〔社説〕参院選総括：グローバル化と新自由主義（2/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>ちなみに、ここでいう「グローバル化」とか「新自由主義」といった言葉は、次のような意味で使用している。まず、「グローバル化」というのは、企業が世界全体との競争に曝されるということである。グローバル化の中で自国の企業が生き残るために、国は、法人税やら社会保障費やら労働者保護やら煩雑な行政手続といった負担からなるべく企業を解放してやり、それによって基礎体力をつけさせるとともに（もちろん、国内から企業が逃げてしまわないようにするという意味もある）、民営化や規制緩和によって競争を促進することにより、企業自体をシェープアップさせる、という政策を採用する必要がある。これが、新自由主義の政策である。</p>

<p>その場合、企業の負担を軽減し、なおかつ国が財源を確保するためには、個人に対する課税を強化する（所得税や消費税（EUでは付加価値税）を上げる）とともに、社会保障を削る以外に選択肢はないわけである。なお、消費税（付加価値税）というのは、最終的な税負担はすべて消費者に転嫁されるため、原則として企業に実質的な税負担は及ばない税制である。</p>

<p>いずれにせよ、今回の選挙においては、「いかに個人の税負担を増やしていくか」、「いかに年金制度を壊していくか」という新自由主義政策の核心的論点については、国民の審判が仰がれなかったものと解される。しかしながら、本来ならば、これらの「痛みを伴う」改革については国民の審判を仰ぐべきものである（少なくともドイツとの比較においてはそう感ずる）。この点、「郵政民営化」について国民の審判をきちんと仰いだ小泉前首相は立派であった。</p>

<p>それに較べて、ハガキの送り方やら何やらといった枝葉末節ばかりをだらだらと議論していた今回の与野党には、そもそもアジェンダ・セッティングの時点で根本的に問題があったといえる。間接民主制を採用するわが国において、国民の審判を仰ぐことのできる唯一の機会は選挙なのだから、それを枝葉末節の論点で消尽してしまった与野党の責任は大きい。この不適切なアジェンダ・セッティングに便乗してしまったメディアも同罪だろう。<br />
</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200707307711.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Mon, 30 Jul 2007 21:51:56 +0100</pubDate>
</item>
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<title>〔社説〕参院選総括：グローバル化と新自由主義（1/4頁）</title>
<description><![CDATA[<p>今回の参議院選挙は、年金問題（と政治資金の問題）が争点となった選挙であった。したがって、この問題についての国民の審判は出たものと考えてよい。政府・与党は、これらの問題については国民の意思を尊重するのが当然だろう。</p>

<p>もっとも、管見した限りでは、年金問題といっても、社会保険庁の失策にどういう絆創膏を貼っていくかという問題ばかりが焦点となり、「年金制度をどう壊していくか」という肝心の問題についてはほとんど議論とならなかったようである。</p>

<p>いうまでもなく、過去の世代が積み重ねてきた浪費・散財の結果について、たまたま少子高齢化社会に生まれた若い世代に皺寄せが来てはならないことは当然である。したがって、人口増加と高度成長を前提に構築された現在の年金制度は、何らかの形で「壊していく」必要があるわけである。しかしながら、今回の選挙においてそこの議論がまったくなかったのは、たいへん残念なことである。</p>

<p>ドイツの2005年の選挙においては、「いかに個人の税負担を増やすか」という問題と「いかに社会保障制度を壊していくか」という問題の二つが組み合わさって選挙の中心論点を形成していたわけだが、今回の日本の参議院選挙では、こういう核心的な問題は、まったく中心論点を形成していなかった。これは、たいへん残念なことである。</p>

<p>つまり、このグローバル化の世の中においては、各国とも新自由主義の政策をとる以外に政策の選択肢はないのだから（そうしないと国自体が競争力を失って没落する）、個人に対する増税と社会保障の削減は避けられないのであり、これを正直に訴えなかったという意味では、与党も野党も同罪である。<br />
</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200707307710.php</link>
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<category>社説</category>
<pubDate>Mon, 30 Jul 2007 21:50:45 +0100</pubDate>
</item>
<item>
<title>看護師らを取り戻したEUが日本に与える勇気</title>
<description><![CDATA[<p>EUは、その外交的な圧力により、8年以上にわたってリビアに拘束されていたブルガリア人看護師ら6名の帰国を実現させました。ところで、この事件でのEUの立場を日本に置き換え、反欧米のテロ国家であるリビアを同じく反日米のテロ国家である北朝鮮に置き換えると、この事件が拉致問題とまったく同じ構図を持っていることが分かります。</p>

<p>つまり、このニュースは、すべての拉致被害者の帰国の実現を目指す日本に対して、大きな勇気を与えるとともに、国際社会を大きく巻き込んだ外交的圧力をかけることの重要性を教えてくれるものといえます。日本国にも、EUと同じく、自国民保護という国家の根本的責務を全うすることが期待されます。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200707257672.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Wed, 25 Jul 2007 06:34:10 +0100</pubDate>
</item>
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<title>新潟県中越沖地震：心よりお見舞い申し上げます</title>
<description><![CDATA[<p>本日の紙面に先立ちまして、新潟県中越沖地震におきまして被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。現在行われている救援活動により、多くの人命が救われるとともに、二次災害による被害が最小限に食い止められることをお祈りしております。</p>

<p>この地震の情報につきましては、<a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/niigatajoutyuuetu/index.html">首相官邸</a>・<a href="http://bosai.pref.niigata.jp/bosaiportal/0716jishin/">新潟県庁</a>・<a href="http://www.jma.go.jp/jma/index.html">気象庁</a>の各ウェブサイトをご覧下さい。</p>

<p>また、近々<a href="http://bosai.pref.niigata.jp/bosaiportal/0716jishin/kyuen/index.html">新潟県庁</a>や<a href="http://www.jrc.or.jp/sanka/help/index.html">日本赤十字社</a>等で義援金の募集が開始されると思われますので、ぜひご協力ください。</p>]]></description>
<link>http://editorial.oushu.net/articles/200707167595.php</link>
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<category>巻頭言</category>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2007 22:49:59 +0100</pubDate>
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